貧乏人こそお金持ちを目指すべき哲学を持つべきだ

 

 

みなさん、こんにちは。

人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

2021年  1月22日 vol.102 メルマガ改訂版

 

貧乏人こそお金持ちを目指すべき哲学を持つべきだ

 

前回は富裕を目指すべき理由について述べました。

じゃあ、今のあなたは富裕層なの?と問われると答えは「いいえ、違います」と答えます。

そんな普通のおじさんが今更何言ってるの? もっと足元見た方がいいんじゃない?と思われる人が大半だと想像します。

私は昔から変わり者と言われていましたから、あまりというかそういう発想は全くありません。

実は過去に無駄な借金をして、その返済に毎月ヒーヒー言って苦労した時は本当に毎日しんどいと思って過ごした時期もありました。しかし、そのしんどい思いを体力で乗り切れた30代に経験したからこそ今では逆にというか、より一層強く思うことがあります。

それが、貧乏人こそお金持ちを目指すべきという哲学です。

これ、何で識者は言わないのか本気で思います。ロバート キヨサキさんの本に「金持ち父さん貧乏父さん」というのがありました。著者のロバート キヨサキさんは実の父親である貧乏父さんには魅力を感じなかったという件がありましたが、私なんかも本書の内容に共感した一人です。

貧乏でも慎ましく生きれるというのは、社会全体のほとんどが貧乏人だった時代なら可能な生き方であって、お金持ち、普通の人、貧乏人という3者がごちゃ混ぜに共存し出した現代社会において貧乏人に属してしまうと慎ましく生きたくても生きれなくなるというのは最近では共感されることだと思います。

こういう時代に弱者を救済せよと声高に言うことも大事かもしれませんが、そんなことをするエネルギーがあるなら自分がもっと豊かになることにそのエネルギーを振り向けた方がより良い生き方が出来ると私は確信しています。

だからこそ私は多くの人々は、富裕(層)を目指すべきだと考えているのです。

しかも現代社会は資本主義といって、お金にお金を稼いでもらうというのが前提の社会になっています。

また皮肉なことに、お金を使うことで経済が活性化するということで稼いだお金を巧みに使わせる社会システムになっているのです。これを知らないうちに人間の心理に強く作用するように仕組まれていることが、一層タチが悪いのです。例としてあげれば、Googleの広告システムが巧妙だということです。興味のあることを検索しようとすると、それにまつわる関連企業の広告が検索者の目に入りやすい位置に配置されているという具合です。知っていてクリックしていようが、知らずにクリックしていようが関係ありません。検索者への意識づけというか影響はあるはずです。それが便利だと言う理由で今はやり過ごされていますが、将来はどうなるのでしょうか。現時点では、なんとも言えないというのが本音だと思います。

まあ、私は同じように稼ぐなら最終的にはお金持ちになりたいと子供の頃から単純に思っていました。

私自身子供の頃は団地に住んでいました。両親は地方から集団就職で中学を卒業して大阪に移住してきました。ですから学歴も家もない状態でした。

私が20代の学生の頃に思っていたのは、自分が30代になっていたらマンションを買って妻と子供がいればいいな~~と漠然とそ妄想していました。

現実は、妻の実家の応援のおかげで庭付きの自宅を購入し息子にも恵まれた生活を送ることが出来ている状態です。今の状況を、20代の学生時代の私がタイムスリップして見るとおそらくリッチマンに見えると思います。自宅もあって、妻と子供もいる。当時の私の基準では、その程度でもお金持ちに見えるのです。

実際に家を購入した人なら分かるのですが、ローンを払っている間は自分のモノといっても何だか中途半端な気持ちしかありません。なぜなら、ローンをきちんと返済出来ている間は心配はないのですが、一度収入が落ち込みそうな状況になると物凄く焦るんです。これ残りのローン期間が長ければ長いほどそういう感覚が常に頭の片隅にあります。

自宅であって、まだ自分のモノという感覚が薄い曖昧な代物。虚像っぽく感じちゃうものなんです。ローンというやつは。

ローンの残り年数が残り少なくなってきた最近でこそ、少し気が楽になってきた感覚というのが本音です。

だから30年前の自分が出てきても、まだ自分は金持ちではないと言い切れる自信があります。

逆に当時の自分にアドバイスしたいことすらあります。

それは毎月少しづつでも構わないので貯金をしろということです。

当時の私なんかは、お金を使って経験することが勉強だと思っていました。まあ、その辺りの感覚は今も変わらないのですが本当に無駄遣いをしていました。

例えば、自販機で缶コーヒーを買うということです。今ならマイ水筒なんて当たり前なんですが、当時の私は缶コーヒーを買うということがまるでお布施のような感覚でした。今ではあり得ない感覚です。人間、年月を経ることで少しは賢くなるものです。

かなり話がずれたので元に戻しますが、貧乏だと認識しているなら尚一層恥も外聞もなくお金持ちを目指すべきだと私なんかは考えます。

衣食住だけ出来れば良いというような枯れた発想は、死ぬ直前でいいんじゃないでしょうか。

人生100年時代と言われています。

枯れるのは100歳前でも遅くはありません。

100歳近くまでは、現在の100歳よりも少しはエネルギッシュに生きていけると想像しています。それならば、どうすればお金持ちになれるのか中高年でももっともっとギラギラした目線で毎日を過ごした方が健全だと私は思うのです。

それでは、今日はこの辺りで終わりにします。

最期までお読みくださって感謝します。

 

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