アートとお金を結びつけることは不浄なのか?!

 

 

みなさん、こんにちは。

人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

 

アートとお金を結びつけることは不浄なのか?!

 

最近、見た映画からの話。

今回ご紹介する作品は、「 アートのお値段(字幕版) 」です。

エンターテイメント系の映画(笑ったり、泣いたりするなど)に少し飽きたと時に、大人向けの考える映画といえば上記の作品はもってこいです。

本作は、資本主義がイギリスから生まれ、それがヨーロッパに伝わり中国を制覇し、海を超えてアメリカに渡ったのち日本に伝来された歴史を見てもわかるように近代経済というか金融を発展させてきたのが白人社会というのを改めて感じさせてくれる内容でした。

なぜならば、お金というのが信用を元にした架空の創造物であることをアートを介して説明していたからです。

私は現代アートについて少しは知識があると思っていたのですが、本作を見てそれが誤りだったことを再認識させられました。

ウォーホルやバスキアは在命されていないので、彼らの作品が高額な価格で取引されるのは素人の私でも理解できます。

しかし、今現在現代アートの市場でもてはやされているのが在命中の作家でありながらもアートコレクターに受ける作品を次々に制作できる人々であるというのは村上隆さんの本を読んで知ってはいたのですが、アメリカの現代アート市場がここまで商業主義に走っていたことを知る良い機会になりました。

特に本作に登場したアーティストで異彩を放っていたのが、ジェフ・クーンズさんです。映画を見終わったあと、彼のことをググってみると非常に賛否両論あることがよくわかりました。( ジェフ・クーンズ  参考記事 )

上記の記事を読んで、本作を見るとアメリカの現代アートの実情というのが人々(富裕層たち)の熱狂とアーティストを批評する人々が作品に信用?や需要によってお金が大きく動くという世界を理解することが出来ます。バンクシーは、この商業主義の世界にパンク精神で批判しているのですがSNSの発達によって批判した対象をより富ますことになってしまっているのが実情です。

このように見てくると、現代アーティストというのはパッと(見て富裕層に)ウケる作品以外は、自分の作品を小難しく言葉として説明してくれる優秀な代理人(キュレーター)の存在も大きくなってきているし、アートを売買する場を運営しているサザビーズのような市場関係者にウケるかどうかというのも重要なことが理解できます。

私たち素人はアートを見ても、これは幾らなんだ?というテレビの「なんでも鑑定団」的な発想をしてしまいがちです。

本来は自分が面白いとか心地よくなるな〜とかこいつのメッセージは何ぞや?と思考の遊びをする道具のアートが、資本主義である金融部門が特に発展したことによって、アートというモノが不動産や株や証券と同じように貨幣としての価値という側面を与えてしまったのです。

現代のアート界の熱狂を日本から見ると、やっぱり白人はお金儲けが上手いな〜〜と関心します。

本作を見て強烈に感じたのは、アートといってもそれを言葉にして表現することがお金を引き寄せたり紐づけるには非常に重要だと感じたことです。しかも、その背面には言葉遊びだけにとどまらず、知的な好奇心をくすぐる仕掛けも作品の中に込められていなければならないというゲーム性も感じました。

こういう少し気取った、知的な遊びを楽しんでいる人々が巨額のお金を動かしているんだな〜〜と思い知ったのです。

その反面、日本にも似たようなことがあったよな〜〜と思うのです。

それが戦国武将の織田信長や豊臣秀吉ですし、投機となったアート市場に反旗を翻したのが千利休ということを既に歴史として知っているのです。

まあ最終的には、アメリカの現代アートも侘び・サビ路線を取り入れる可能性はあるのかもしれません。

当分アメリカのアート界も商業主義が続くと思わせる内容でした。だからといって、本作品でアートの価格が高騰していることを否定している印象は持たないんです。ただ、私のような一般庶民が本作を見ると加熱した商業主義はいかがなものかという提案はしているように感じました。

ただ自分がアーティストの立場に立ってみると、自分の作品が高騰するのは嬉しい反面、高騰した差額は自分の手元に残らないジレンマは正直感じると思うのです。NFTが注目されているのもアーティストの立場を有利にしようという動きの反動なのかなとも思えるからです。

私自身は、アートとお金を結びつけることは不浄だとは思えないのです。

なぜなら、アーティストも私たちと同じように贅沢をしたいという欲求を持っても当然だと思うからです。

中世の時代なら、王や貴族の保護で活動する(その反面、嫌な仕事も請け負わなければならないジレンマは当然あったと考えられる)という事と、現代のアート市場の関係も構造が違うだけで本質は同じなんじゃないかと思えるのです。

みなさんは、アートとお金を結びつけることは不浄だと思いますか?

それでは、今日はこの辺りで終わりにしましょう。

最期までお読みくださって感謝します。

 

 

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