他人と違う発想、視点で生きる利点とは

 

 

みなさん、こんにちは。

人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

 

他人と違う発想、視点で生きる利点とは

 

最近、読んだ本からの話。

昔から「虫の知らせ」という表現をされてきました。こういう出来事というのは、世界中から報告されていました。

それにも関わらず、科学的でないという理由から胡散臭い目で見られていたことも事実です。

本来の科学的視点というは、科学的でないモノや事柄を否定するのではなく追求するものだと思うのです。

それでも科学者というのはオカルト的な事象を否定するというのが一般的なイメージだと思うんです。例えば日本ではカルト的な事象を否定する大槻教授が有名です。( 大槻義彦教授が振り返る「オカルトの平成史」 「最近は敵がいなくて寂しい」 参考記事 )

大槻さんといえば、UFOや超常現象などを信じる人たちとテレビで口論バトルをしていた人で有名でした。しかし大槻さんが科学者を目指そうと思ったのも「火の玉」を現実に見たからという経歴が面白いと思うのです。大槻さんの「火の玉」というオカルト的なモノを追求する姿勢は真の科学者の姿だと思います。

そんな大槻さんが有名な日本では、超常現象対科学という対立をさせる事でテレビ番組として盛り上がっていた時期もありました。

その反面、海外での動きはと言いますと科学者が超常現象としてではなく超心理という分野で上記の「虫の知らせ」を科学的に分析する学者が現れていたのです。

今回ご紹介する本は、ディーン・ラディン著「 量子の宇宙でからみあう心たち 」です。

この本の面白いところは、超心理学者のラディンさんが過去のカルト的な実験を再度検証していることです。

例えば、テレパシー、千里眼実験、遠隔視という過去に行われた実験を丁寧に分析するとかなりの確率で人間はその能力を有していると実験データが得られたと言っている点です。本書から一部内容を抜粋しながら説明していきます。

超心理というのを世界中の多くの物理学者は否定、または否定的な反応をする。しかし、多くの実験データを分析すると実験データに誤りがあるのではなく、その事実を冷静に受け止めきれない科学者の心理の方が問題であると超心理学者として過去のデータを堂々と実証し正当化しているのです。

理解できないから、まやかしだと断じるのは科学者としてあるまじき姿勢なんじゃないのかというのがラディンさんの言い分です。

本書を読むと、私のような一般人からするとラディンさんの言い分の方がしっくりくるのです。

「虫の知らせ」のように、分からないもやもやした心理を研究するのが科学者として真の姿だと思うからです。

それでも、実験者によってバラつきが出るのがおかしいというのが普通の科学者の態度らしいです。それでも、根気よく実験を続けると他者のデータや過去のデータと似通った実験結果になるという点は注目に値します。

超心理の実験が他の科学の実験結果と大きく異なる点が大きくバラつくということと、完全に一致しないということだが、この実験結果だけで判断するのもいかがなものかというのがラディンさんの意見です。というのも他の科学者の実験量と超心理に関する実験量の総量自体が大きな差がありすぎるからというのがラディンさんの主張です。

ラディンさんの主張が認められない背景には、超心理という学問を大学に設置しているところが世界中を見回しても稀であるということが挙げられます。この問題は、簡単には片付きません。理由は、超心理という学問を追求しようという土壌がまだまだ育っていないからです。

その反面、超心理学協会は米国学術会議に加盟が認めれれていることをもっと多くの人は知っても良いと思います。この団体は、世界でもっとも大きい科学組織であり、第一級の科学論文誌「サイエンス」の発行母体でもあるからです。それだけ、科学として認められているのです。

日本では、テレビがエンターテイメントとしてオカルト対科学として扱われてきました。

世界の流れは超心理は、科学の分野として認められているということです。それでも、世界中の3000を超える伝統的な大学で、超心理研究への興味を公言する常勤教員がいる大学は、1パーセントにも満たないというのが現実ということも問題だったのです。

現代でも超心理を科学として認めることが出来るということは、稀有な人間であると言えるのではいでしょうか?(それだけ、器が大きいという意味において)

超心理を受け入れられる人間というのは、他人とは違う思考とも言えますし、価値観が違うとも言えます。別の言い方だと、変わり者とも言えます。このように思われるのが嫌だから(超心理)を認めない、認めたくないという悪循環になっているのかもしれません。

しかし現代社会のように人生が長くなると、面白く生きていくには他人と違う発想が必要になってくるのではないでしょうか。他人と同じ発想、思考で他人より秀でた人生を謳歌しようと考えるのはレッドオーシャンでトップを目指すということに匹敵することと同じ意味だと思うのです。

そんな熾烈なバトルの世界で生きていくよりも、他人と違う発想や視点で生きることで面白い生き方が模索できると私は考えています。

もちろん、そうすることで多くの困難という壁にぶつかることもあるかもしれません。

超心理を探求する科学者と同じように、世間から受け入れられないとったような悩みを持つかもしれません。その反面、先行者利益に乗っかれる可能性もゼロではないのです。

超心理を受け入れることは、他人と違う発想や視点を持つことに繋がります。そして、このような他人と違う考え方こそ、ますます混迷な社会に突き進んでいるこれからの時代には合っていると私は考えています。

本書を読んで学んだことは、自分らしく己の信じる道を探ったほうが(楽しく)生きやすいのではないかということです。

それでは、今日はこの辺りで終わりにしましょう。

最期までお読みくださって感謝します。

本記事は、 4月14日付の 「 2050’s 哲学の源 」の引用です。

 

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