長寿社会の現代人こそ、ライフワークを持つべきだ!

 

 

みなさん、こんにちは。

人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

 

◇◆長寿社会の現代人こそ、ライフワークを持つべきだ!◆◇

 

私は自分自身を非常にグータラな人間だと思い、そんな自分が嫌になる時があります。

そんな私のことを妻は、ポジティブなノーテンキ人間と思っています。

妻の批評のように自分をポジティブなノーテンキと思う時もありますが、グータラな面が強くなり自分自身本当に嫌になる瞬間が時折あります。私は自分自身のグータラな性格を直したいと考えるようになりました。それがここ7〜8年ほどのことです。その頃からブログを趣味として書くようになりました。7〜8年ほど前の頃は、無料のブログサイトを利用していました。今は、サーバーを借りて記事を配信しています。

自分のお金を払って、レンタルサーバーを使うようになってからブログなどの記事を書くことをライフワークとして位置付けることが出来ました。(お金を払うということは自分を追い込む手段になるんですね)

今では、グータラな性分を断ち切るためにブログやメルマガを書くという行為をストイックに自分自身に課しております。記事を書くことで、本当の自分は「ナマケモノ」だったことを認識することに成功しました。それまでは「ナマケモノ」という認識すらしていませんでした。自分のことを、フツーとさえ思っていました。

「ナマケモノ」と言葉として起こすと、自分自身納得できることに悲しい気持ちと、自分を客観的に見つめていることが出来たという二つの複雑な心境になってしまいました。

私が自分自身を、「ナマケモノ」と言っても家庭を顧みずに、仕事もせずプラプラとパチンコなどをしていたわけではありません。

収入を得るための仕事はきちんとしていましたし、給与を全部自分の遊びのお金に使っているわけでもありません。ここが、(フツー一般の)サラリーマンの父親と思ってしまった要因でもあります。(過去には、自営業をしてソッコーに資金繰りが悪化してしまったこと。その時に妻と揉めた経験もあることなどは、ここでは話題にしません)

そんなフツーのオッさんサラリーマンと認識していた私がブログやメルマガなどの記事を書こうと思いたったのかと言いますと、(有名な)ブロガーの記事と自分が趣味として書いていた記事との差があまりないんじゃないのと自分自身勘違いしてしまったからです。今では、その勘違いの凄さに自分自身絶句してしまうのですが、当時の自分の認識はその程度だったのです。

そんな思い上がった私はある奇策を思いつきます。(有名な)ブロガーの人に、私の書いた記事(文章)を送って感想をもらおうと考えたのです。そのときの経験は別で記事と上げました。( 「しりてが」接続詞を使用禁止することにより、読みやすい文章を書く 参考記事 )

結果として私が送りつけた記事は、「意味不明」という返信が来ました。この報告を受けたときの私は非常に動揺しましたし、自信喪失してしまいました。

今となっては、この時の経験は私にとって非常に大きな糧になっています。

というのも、かつての私の記事は客観的に書かれていなかったということを自分自身が認識できたからです。

自分の記事を酷評されたときは、自分にとっては大きな侮辱だと思っていました。なぜならば、ブログやメルマガを書くことを自分のライフワークと位置付けていたからです。

それからしばらくして、自分自身がその記事を読み直してみるとその(有名な)ブロガーの指摘が間違っていなかったことに気づけました。私が書いた文章は、自分自身は意味が分かっても他人には意味が理解しづらい文章構成になっていたからです。

私は、自分自身がライフワークとして捉えていた創作活動が客観的で無かったという事実と直面しなければなりませんでした。自分が書く記事のクオリティーを上げないことには、他人には読んで貰えないと知ったのです。

独りよがりの文章を読む人はいないからです。

今では、たくさんの人に読んでもらえるようなクオリティーの高い記事を書くことをライフワークに据える事ができました。そのために、客観的に書く技術や考え方を学ぶようになりました。

人間は、生きていくために必要なお金を得る仕事自体は昔に比べ随分と楽になってきました。例えば、農作業もかつては人手が中心でしたが今では機械化が主流となっています。

現代人の寿命が伸びた原因の一つに、きつく辛い労働からの開放が挙げられます。

しかも日本では国民皆保険制度による、医療の恩恵が得られる状況が整備されています。

私なんかからすると、本当はこのような恩恵を最大限に生かして生き生きと生活することが人生を謳歌することだと思っていたのです。

しかし、人間は私も含めて弱い動物です。

すぐに楽(別の言い方をすればグータラ)をしたくなる生き物なんです。私も暇になると、すぐにグータラな考えが浮かんでしまいます。だから私の性分は「グータラ」な「ナマケモノ」なんです。

私のような「ナマケモノ」というのが本来の人間の本性であるならば、長寿化時代の人間はライフワークを持って生活をしないと本物の「ナマケモノ」に成り下がってしまうのではないか?という危機感を持つようになりました。

毎日テレビのワイドショーを見て何十年も漫然と過ごしたくない。

食っちゃ寝だけの人生はいやだ!!という強い欲求が湧き上がったからです。

だからこそ長寿社会になった日本には、人生100年時代の哲学(思考・行動)が必要なんじゃないの?と思い至るようになったのです。

私自身の人生100年時代の哲学は、「人はライフワークを持つべきだ」と考えるに至りました。

ライフワークは、なんでも良いと考えております。私の提唱する「ライフワーク」の定義は難しく考えておりません。

生活に必要なお金を稼ぐ仕事が面白くなくても、日々の生活に刺激を与えてくれるならそれも「ライフワーク」として捉えても良いと思っています。

私のように、趣味を発展させたことでも構わないと思っています。

最終的に私のようなグータラな人間にとって、「グータラな思考や行動を如何にコントロールするか?」という問いに答えていれば構わないと思っています。

私のようなグータラでない人間にとっての人生100年時代の哲学はまた別の機会に提唱してみたいと考えております。

私にとっての職業とは違うライフワークを持つことの一つに、ブログやメルマガを書いて配信することがあったのです。冒頭に取り上げた自分が嫌になる気持ちを見直してみると、ブログやメルマガという記事を書いたあとというのは、自分が嫌になる気持ちは治まってきていることに気づきました。私にとって、書くことは癒しになっていたのです。

せっかく記事を書いて配信しているのですから、より多くの人に賛同してもらいたいと考えるのは人情です。

今より多くの人に私の思いや、考えを知ってもらいたいと考えております。そのためには誰にとっても読みやすく、理解しやすい文章を書かなければならなかったのです。上記のブロガーに批評された経験は良い肥やしでした。

文章を理解しやすく、読みやすくするということは私にとって必須の能力だったからです。

これからも、読みやすい文章を書くようより一層精進していきます。

みなさんは、ライフワークを持っていますか?

今日は、この辺りで終わりにしましょう。

本記事は、6月10日付の 「 2050’s 哲学の源 」の引用です。

最期までお読みくださって感謝します。

 

 

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Life100年研究所 メルマガ通信   https://www.mag2.com/m/0001685345.html

2050’s 哲学の源   https://www.mag2.com/m/0001690175.html

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