人生100年時代における働く意義や思想とは?!

 

みなさん、こんにちは。

人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

 

◇◆人生100年時代における働く意義や思想とは?!◆◇

 

「 人生100年の計 稼ぎ方編 」という特集を日経新聞が取り上げていました。

人生100年時代を真剣に考えるといつまで働くのか?または働けるのか?という疑問が誰でも恐らく頭をよぎるはずです。

実は私もいつまで働ける?または体が労働に耐えれるのか?と時折考えます。だからこそブログやメルマガを書いて将来に備えているのです。

今までだと定年をする人のイメージは概ね定年まで働きそのあと5年ほど非常勤雇用をしてもらうことを前提にされているのが多いと思います。(定年が基本60歳で、それ以降は契約社員という形が多いと伺っております)

私が所属する介護業界では70歳以上でも働いている人も数人見受けますがまだ少数派です。

70歳近くなれば、脳梗塞になったり糖尿病を患って著しく健康状態を損ねる方が増えますし、そういった方達がデイサービスを利用されるのが70歳くらいからが多くなります。健康年齢が70歳前後と言われる所以です。

このような人々のお世話をするのが介護業界なのですが、この介護業界に回している費用(予算)を、今後はテクノロジー業界に配分を変えるべきなんじゃないの?と考えております。

自分が所属する業界の予算を他業界に振り分けたらいかが?というのは、お偉いさんたちからすれば不届きものと思われるかもしれません。

しかし、日本が経済的にコロナショック後に発展するためには高齢者の方たちも今まで以上に働いてもらった方がいいと考えています。

それ以上に働ける人は、年齢制限をせずに働くべきであると考えています。

そのためにも、新しい知識や身体能力の低下を補う処置に費用を補助することに賛成です。

私が提唱する身体能力の低下の補助というのが、SFに出てくるようなパワースーツや義手・義足といったテクノロジーを土台とした身体補助具を指します。

例えばCYBERDYNE社HALを装着していただき社会参加を活性化させたり、遠隔ロボット(例えば、オリィ研究所の遠隔ロボット)を使用することでいろいろな立場の人が仕事をするといった社会参加が今まで以上に出来る社会システムの構築に介護に回していた予算を振り分けるべき時期だと考えております。

こんなことを言うと、介護業界から反発が出てくるのでしょうが日本が衰弱する前に早急に事を起こすべきだし、介護業界とテクノロジー業界は手を組むべきだと考えております。

私たち介護業界の人間も、テクノロジーを学ぶことでより一層の効率の向上を取り入れるべきです。(身体介助をする人を減らせることができれば、認知症の人のみの介護に人員を集約できるからです。ただし、ロボットが認知症の人の対応を全て賄うのは現段階では困難だと思いますが、徘徊される認知症の人を誘導したりする事は、遠隔ロボットが行える分野だと考えております)

介護業界とテクノロジー業界がタッグを組むことは、ウィンウィンの関係を構築できるはずです。

コロナショックというのは非常に厄介な出来事でしたが、逆説的に今まで不可能と思われていたことをするチャンスも同時に与えています。(学校を9月からスタートしたいといった意見は今までもあったのですが、知事レベルで発案され出したというのも日本にとっては非常に大きな変化の現れです)

今まで不可能だと思われていたことを実行しやすい社会環境になっていることに多くの人が気付きだしています。

だからこそ介護とテクノロジーの融合政策といった、新しいチャレンジをすべきだと考えています。

いつまで働けるかわからないという不安を煽ってしまう社会ではなく、いつまでも働き続けることが可能である社会というのを構築する方が日本にとってより良い社会だと思えるからです。(社会保障費の配分が高齢者に偏っているという従来の批判に対しても有効であると考えています)

言葉は悪いですが、結局国民から巻き上げたお金をいかに有効に使うことができるのか?が高齢社会の働き方に関わってくるのです。

それならばいっそのこと、年齢にかかわらず働き続けることが出来る社会環境を模索した方がより良い社会になるはずと私は確信しています。

健全な高齢化社会というのは、死ぬまで働きたくないという人を、死ぬまで働きたいと考えるようにうまく誘導できた社会なんじゃないかと思うようになりました。

人生100年時代における働く意義や思想が問われていると思います。

みなさんは、どうお考えになりますか?

やっぱり死ぬまで働きたくないですか?

私は、死ぬまで働きたいです。(晩年の手塚治虫さんは、ベッド上で原稿を書いていたそうです。 「頼むから仕事をさせてくれ」と手塚治虫が最期に描いた漫画  参考記事 )

手塚治虫さんのように燃え尽きる人生に憧れています。

今日は、この辺りで終わりにしましょう。

本記事は、5月 6日付の 「 2050’s 哲学の源 」の引用です。

 

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Life100年研究所 メルマガ通信   https://www.mag2.com/m/0001685345.html

2050’s 哲学の源   https://www.mag2.com/m/0001690175.html

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