人間の生き方こそが「哲学」だ!!

 

みなさん、こんにちは。

人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

 

◇◆人間の生き方こそが哲学だ◆◇

 

中学生や高校生の頃の青臭い気持ちを中高年になっても保ち続けられるのだろうか?

中学生や高校生というと年齢的には反抗期です。

しかし、私自身は、典型的な反抗期を迎えていたのか?というと自分自身疑問です。かといって学校に対しての不満は生意気にも持っていたと大人になった今から思うと少し面倒臭い存在だったのかもしれません。

なぜならば、学校の先生の言うことは聞くふりはしておきながら言うことを真面目に聞くこともしなかったからです。しかし、見た目は非常に真面目な朴訥な(田舎風の)学生だったからです。

そんな私を疎ましく思う教師もいたんだろうな〜〜と中高年になるとふと思いがけなく思い出したりする事が多くなってきました。(例えば、夜寝ている時に、突然尿意を催して起きた時に限ってそんな若い頃の過去の行動を鮮明に何故か?思い出してしまうからです。みなさんも、そんな経験はありますか?)

まさに若者特有の青臭い、しかし本当は人間にとって最も大事な熱い情熱や心を持った人間の哲学がたくさん詰まった本をご紹介します。

タイトルは、「 自分の中に毒を持て 」 岡本太郎さんが著者です。

岡本太郎さんといえば、「芸術は爆発だ!」と言う発言で昭和世代にとっては懐かしい人という印象だと思います。

私も、岡本さんは芸術家特有の特異な発言をする(世間の常識を知らないというニュアンス)人というように相変わらず自分勝手にイメージを思い込んでいました。

世間の人がそれぞれ自分勝手に作った常識や、思い込んでいる常識といったモノを子供の頃から疑って生きてきた人間は著者の岡本さん意外に日本で存在していたのか?と考えさせられる内容でした。(もっと時代を遡った織田信長や豊臣秀吉などは岡本さんのような思考を幼い頃から持っていたのかな?と想像してしまいましたが、近代日本でもまだまだ稀な存在なのではないでしょうか?)

岡本さんが戦前のパリに住んでいたと書かれていたので、芸術の本場に修行にいったとばかり思っていたら、その当時は哲学や社会学を学んでいたというからかなり驚きました。

職業的立ち位置が芸術家だから、芸術を学んできた人というようにここでも思い込んでいた事が露呈してしまいました。

岡本さんの作品が観るものに「なんじゃこれ?」と思わせるモノを発表してきた事が、本書を読むとよく理解できました。人間の生き方にもっと情熱を持つように語る姿は昔の哲学者そのものです。

私も、美術教室(大人向けのデッサン教室)に社会人1・2年の頃通っていました。

その時の美術の先生が「現代アートは、一般人になんじゃこれ?と思わせたもん勝ちだとか、言葉にならない想いを描いている(キャンバスに表現している)」ということを聞いた時も芸術家という職業の人はかなり哲学的なことを考えるものなんだなと妙にしたり顔になった記憶が蘇ってきました。

岡本さんの凄いところは、美術や芸術は一部の人のものとは全然言っていないのです。

それよりも、生きることこそ芸術だと言ってのけているのです。

 

ぼくが芸術というのは生きることそのものである。人間として最も強烈に生きる者、無条件に生命をつき出しつき出し爆発する。その生き方こそが芸術なのだということを強調したい。

”芸術は爆発だ”   (本書 引用)

 

と本書で語っているのです。

「爆発だ」という言葉とアーティスト性が現代社会で(当時の)一人歩きしてしまったことは否めないのですが、岡本さんの訴えるように人間は、もっともっと自分に正直になって良いのです。

例えば、私は絵を描くのが好きなのです。しかし、世間では絵を描く人は数多くその中にはもちろん私よりも絵を描く技術の高い人がたくさんいるのです。

そんな状況においても技術を比べるのではなく、逆に下手を逆手にとって個性にしろと叱咤激励されています。そこがあなたの味になるとも言っています。

他人と同じようなものこそ、価値がない。そんな強いメッセージを感じ取ると心が躍動してきます。

他人が上手いと思う作品を出す人間も、それ以上に上手い人間の作品を見てゲンナリしている。それなら、違う面で勝負すべきだという提案を読んで、岡本さんが独自の世界観を大事にし作品作りをしていた経緯が分かります。

他人の模倣のみを追求すべきでもないし、本来はその後自分なりの解釈を広げていくべきなんです。ましてや芸術家ならば。(生きることが芸術という立ち位置なら、なおのこと模倣からオリジナルへの発展させるべきです。その瞬間、瞬間が爆発だという表現を岡本さんはされています)

人間の寿命は世界的に伸びています。ましてや先進国では100歳近い人が多くなってきました。

人間の寿命が伸びているのは、科学が発展しているからという理由もあります。

しかし、私は科学以外のアプローチが求められているから少子高齢化社会になっているのではないか?と考えるようになりました。

その科学以外のアプローチの方法が、哲学といった生き方なんだと考えております。(私は、人間の生き方こそが哲学だと考えています)

若い人につなぐバトンの役こそ新しくもあり、古くもある哲学です。それを私は、人生100年時代の哲学として紹介しております。

みなさんは、なぜ少子高齢化社会になったと思いますか?

今日は、この辺りで終わりにしましょう。

 

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