「平穏死」は家族も受け入れる必要がある

 

みなさん、こんにちは。人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

今回ご紹介する作品は、「 「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか (講談社文庫) Kindle版 」です。

◇◆「平穏死」は家族も受け入れる必要がある◆◇

介護業界の「看取り」について非常にわかりやすく書かれた本でした。

私も介護の仕事をする時の面接の場で、夜間「亡くなる人(老衰)もいる」と聞いた時に少し衝撃を受けた記憶があります。

今までは工場や配達の仕事しか経験がありませんでした。

人の「死」に関わる経験が少なかったため「死」に対して物凄く恐怖心を持っていました。

老人ホームの施設長は「そんなに気にする事はないよ」と言ってくれたので、「まあ、人間いつか死ぬもんだし」と妙に冷めた感覚もこみ上げてきたのでこのまま介護の仕事をする決心ができました。

この本を今読むと非常に共感できる事ばかりなんですが、当時(介護の仕事をする前)の自分が読んでいたら他の介護施設の見学をしていた時も違った見方ができたのかな〜〜とか思ったのですが、今この時点で巡り会えたことに感謝しました。

人は必ず死にます。(不老不死を真剣に研究しているチームもあるそうですが、、)

だからこそ、亡くなる前に自分が納得できる死に方を家族と話し合うべきだと考えました。(例えば、高齢で口から食べられなくなったら、胃瘻にするのではなく「老衰」で死ねるように医療処置を望まないと家族で話し合っておく)

この本では、医者も家族も高齢者の延命にこだわりすぎるべきではないと強く訴えられています。(胃瘻を施すにしても、将来再び口から食べられる状態に回復する見込みがある場合を除いてという前提です)

私も、長寿を目指して健康に気をつけてはいます。

ただ、自分が「老衰」で亡くなるには家族にもそれを受け入れる気構えが必要だと認識しました。

まだまだ、先のことだと考えずに今後家族と一度自分が高齢になった時に「胃瘻」をしない旨を話をしておかなければならないと感じました。

そして、「老衰」で「平穏」に次の世代に託したい。

そう思いました。

今日は、この辺りで終わりにしましょう。

 

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石飛 幸三(著)2013年

食べられなくなった超高齢者に対し行われている「胃ろう」と多量の栄養点滴投与は、肺炎を誘発し苦痛を与えるだけである。死への準備をしている体にはそれにふさわしい栄養と水分があれば十分だからだ。待機者が常に数百人という特養の常勤医が提言する安らかな死の迎え方は、読む人すべてに熟考を促す。聖路加国際病院名誉院長 日野原重明氏推薦。(講談社文庫)

筆者のお勧め度は、下記の通りです。

お勧め度
総合ランク   ★★★★★ (5.0)
万人受け    ★★★★☆ (4.0)
哲学的度合い  ★★★★★ (5.0)

*(注意)

(哲学度合いというのは、筆者的に人生訓を得れるかどうか考えられたのか否かを個人的ポイントに表しています)

 

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では、またお逢いしましょう。

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