「幸福」は闘って勝ち取るというメッセージに資本主義の本質を知った

みなさん、こんにちは。

「 ゼニの幸福論 (impress QuickBooks) Kindle版 」を読みました。

2017年の作品です。(1998年の書籍を電子書籍化)

青木 雄二(著)

◇◆20年以上経っても色あせない内容◆◇

「ゼニ」がないと不幸という「唯物論」の立場から幸福論を語る青木氏の先見が証明された書籍としかいいようがない内容でした。

日本を含めてグローバル化が推し進められたことで1%の富裕層と99%の貧困層(一般人)の世界が2010年代になって顕著になってきていますが青木氏はもう20年も前からそのことに警鐘をならされていました。

お金と人生について現在の若者がまず最初に読んで損のない書籍です。

◇◆商品の説明◆◇

幸福とはなにか? 不幸とはなにか?
そういう哲学的な問題から解きあかしていかんと、
人間は本当の幸福を手にすることはできないのではないか――そんな気がしてならない。

ゼニがない人間は、未来に希望が持てない。
毎日の生活にさえ苦労がつきまとう。

「今日の晩メシをどうして手にいれようか……。
腹をすかせた子どもに、なんと言い訳をしようか……」

と毎日毎日、思い悩んでいる人間が幸福だとは、だれにもいえないはずや。
家もない食べ物もない所持金もゼロ……。
そんな人間には、どんな高利貸もゼニを貸さない。
ゼニがなければ、人間は不幸のドン底に落ちるしかない。

ただし、ほんのわずかでもゼニがあれば、
人間は、工夫と想像力で、幸福を噛みしめることができる。
一握りの米、一切れのパンさえあれば、たとえつかの間ではあっても、
家族は幸福を分かち合うことができる。飢えをいやすことができる。

こんなひどい世の中である。
自分のために、そして、人間みんなのために、ちょっとでも多くの幸福をかき集める方法を、考えていこうやないか。

筆者のお勧め度は、下記の通りです。

お勧め度
総合ランク   ★★★★★ (5.0)
万人受け    ★★★☆☆ (2.0)
哲学的度合い  ★★★★★ (5.0)

*(注意)

哲学度合いというのは、筆者的に人生訓を得れるかどうか考えられたのか否かを個人的ポイントに表しています。

私が非常に感銘を受けた内容は、

幸福などというものは、決して人や神から与えられるものではない。自分で闘って勝ち取るものだ。

というくだりです。

「自分で闘って勝ち取る」という発想は、非常にアメリカ的だと思えました。しかし、資本主義を一番推し進めている国の代表がアメリカであることを鑑みるとこの発送が一番しっくりくるのではないでしょうか?

私も「Life100年研究所」というウェブサイトで人生100年時代をいかに幸せに生きるのか?というテーマでコンテンツを作成していましたが、「闘って勝ち取る」ものだという認識はなかったです。この発想は、頭をハンマーでガツンと殴られたほどの衝撃・感銘を受けました。というよりも自分の甘さを深く認識しました。

「幸せ」は空から降ってくるものではなく、「勝ち取る」もの。

甘い認識だと、それを資本主義を知り尽くしたハゲタカたちにむしり取られるということを強く意識して警戒しなければならない現実から目をそらしてはいけないことをこの書物から学びました。

「唯物論」を自分の血肉にしてこれからの人生を充実させたいと考えております。

では、またお逢いしましょう。

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本記事(2018年 8月10日 note 投稿記事を本ブログに転載しています。 本記事は予告なく有料記事になります。 その際、引き続きお読みいただく場合は会員登録をお願いいたします。 _________________________________

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