歩けなくなった時に、大人の紙おむつを受け入れる覚悟を今からしておく理由

みなさん、こんにちは。人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

◇◆大人の紙おむつを受け入れる覚悟とは◆◇

今回ご紹介は、私が介護の現場での実際に起こることをお話ししようと思います。

私が働く現場は、ショートステイといって簡単に言えば老人ホームに慣れるために施設を短期間疑似体験してもらう場所です。実際は、ロング利用(長期利用される傾向があります)される方も多いです。

そこでは、入所された時点では歩行器を使用したり杖を利用して歩ける人たちがいます。

しかし、転倒(例えば尻もちついたりして)してしまって急に歩けなくなる人がたまに見受けられます。

私たちの普段の生活で尻もちや転倒程度で本当に歩けなくなってしまうの?と思ってしまいますが、70歳を超えた人が尻もちや転倒しただけで歩けなくなったり、それが原因となぅて車椅子を利用させられると最終的には本当に歩けなくなってしまいます。

私もこの介護業界に入って初めて知った事実です。恐らく一般社会にいたらこんな現実は知らなかったと思います。逆に医療系(介護業界含む)では、当たり前すぎて話題にもならないのかもしれません。(だからこそ、このブログでお知らせしようと思った次第です)

実は、ある利用者様が上記の理由で急に立ち上がれなくなってしまいました。その方は、尿意が頻繁にあるらしく1時間に2回以上トイレに向かう日もありました。(杖で歩いていた時期)

現在日本の施設で1人の利用者に2回もトイレ介助を行う人員余裕のある施設は恐らく無いと考えられます。(あったら幸運な利用者様です)理由は介護スタッフの人数が少ないからです。仮に日中は何とか1時間2回のトイレ介助が可能だったとしても夜間はスタッフの絶対数はもっと減ります。そのため、本人が紙おむつを拒否した場合とれる対策はポータブルトイレを利用してもらう事になります。

ポータブルトイレが利用できるレベルなら、まあトイレ介助の必要が無い人なんです。このあたり、実際にそのような人に接したことがない人はイメージしづらいと思います。

ポータブルトイレが利用出来なくなってしまうという事は、自分1人で排泄が出来なくなってしまったと考えても良いと思います。

この自分1人で排泄出来なくなる時期は、人生100年時代における第3のステージなのではないかと考えるようになりました。

もし、この現実を受け入れることが出来ないと日本の現状ではかなり切なくなってしまいます。トイレを我慢しますか?(施設に入っていない独居老人の部屋が尿や便にまみれて悪臭を放って近隣の人や家族がやっと現状を気付くというのが今の日本です)

人生最期は、「ピンピンコロリで逝きたい」と願う人が多いそうです。ですが、日本ではなかなかそのようなことは実現困難でしょう。認知症になって、近所を徘徊して保護される可能性の方が高いです。

逆に認知症になった方が幸せなんかなとも思えることが多く感じます。(理由はすぐに忘れることが出来るからです)

中途半端に意識がしっかりした人たちが、自分1人で排泄出来なくなる現実を受け入れられないとき「気の毒だな」と本当に思います。この辺り、人によっては感じ方が違うので何とも言えません。

というのも、逆に甘えだす人もいるからです。「甘え」ることが出来る人は、ある意味精神的に強い人たちです。「出来ないから、やって」と自己主張されます。

しかし、そのような「甘え」が出来ない気丈な人達ほど「紙おむつ」という選択を受け入れることがなかなか出来ない印象です。

そして、今回の記事はそんな気丈な人達への私からのメッセージです。

もっと気楽に紙おむつを受け容れて下さい。

そうすることで、介護者と利用者様の心の距離は近くなり楽しい、人生100年の第3ステージを過ごせます。

大人の紙おむつに関しては、今後議論が多くなされると思います。(プラスチックゴミ問題とも絡まって)それでも、少子高齢化と人口減少が絡まっている日本では根本的な解決は不可能なので今後も需要は増加するでしょう。

それならば、いっそのこと「紙おむつ」を受け入れて楽しく過ごすことを選択する方が現実的だと思います。

みなさんも一緒に「大人の紙おむつ」に関して考えてみませんか?

では、またお逢いしましょう。

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