「明治150年」から、人生150年の哲学を考察する

みなさん、こんにちは。人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

平成30年(2018年)は、明治元年(1868年)から起算して満150年の年に当たるそうです。

「明治150年」に向けた関連施策の推進について

たまたま、このことを知ったので150年という時の流れについて考察してみたいと思いました。

ちなみに私は、人間は120歳まで生きながら得ることが可能という思想を持っております。

◇◆子どもの頃、150年前というと丁髷(ちょんまげ)のイメージしか浮かばなかった◆◇

私は、昭和世代なので、100年前といえば江戸時代から明治時代に移り変わる頃を子どもの頃からイメージしていました。

明治政府が出来たばかりのころの年寄りだと、恐らく西洋式の髪型にした人というのは当時の中年かそれ以下の若者だと考えられます。そう思いめぐらせると、当時のじい様たちのほとんどはまだ、髷を結っていたのではないでしょうか?

でも、平成世代からすれば100年というのはもう、明治末から大正初期のイメージに移り変わっているんですね。このことだけでも、日本人が元号が持つ意義や有難さが理解できるのではないでしょうか?

日本人というのは、100年単位が簡単にイメージできる民族や歴史観を共有できる稀有な存在だと考えられます。このイメージ観は思いのほか効果があると思いますよ。

アメリカ人なら、黒人や白人で地位や待遇のことから表立って口にできにくい雰囲気になりますが日本人同士だとそこまでの心の壁は出来ないと思います。

時代の意識は各世代、人種、お国によってもちろん違うのは当然だとしても、国家としての意識の統一には役立つのではないでしょうか?

だからこそ、政府も「明治150年」とキャンペーンをしているのでしょう。話はそれましたが、私はこの150年という期間を人間の寿命に関連して話を進めていきたいと思います。そこで、日本人の寿命はどのくらい延びたのか興味を持ったので、ググってみました。

日本人の寿命の推移

すると、江戸時代から昭和11年頃までは40代が日本人の平均寿命となっていたそうですが、昭和22年で50代になり、平成19年になると82歳まで寿命が延びました。

江戸時代の頃からすると、2倍近く寿命が伸びたのです。江戸時代が、約260年だったとして計算すると、この(江戸初期から平成末)400年間で日本人の寿命が、40代から80代まで伸びたため私達もその事実や価値観がなかなか消化できていないと考えられるんです。その癖、歳を取ったらどうしようと必要以上に恐れてもしますし、何とかなるんじゃないかと現実逃避してしまいがちになってしまいます。

なぜなら、健康寿命は70代までというのが一般的な見解だからです。それでも、平均寿命と10年、人によっては10年以上も寿命を保つことが出来る環境だからです。

明治や昭和初期からすれば、人間にとって格段に生きやすく(長寿という点では)なりました。でも、老後という言葉に非常に敏感に反応してしまいます。(私を含め、中年にとってこのテーマは鉄板らしいです。)

だからこそ、もっと誇りを持って生きたいと考えるようになりました。江戸や明治のドラマが今まで日本で受けていたのも、「細く短く生きる」市井の人々の姿に共感されたからでしょうか?

それが、人工の臓器が出現するかもしれない時代になると、もしかしたら人間の寿命は150年近く伸びるかもしれません。アメリカでは真剣に「不老不死」の研究をしているそうです。

そうなると、今回政府が展開している「明治150年」というイベントも今後は「150歳記念」というイベントに変わり、それが当たり前の世の中になるのかもしれません。

今後は、人間が100年以上生きることを前提とした「 哲学 」が必要だと思います。

そのような、強い思想や人生訓を自分なりに考え、調べ、発信できればと考えています。

では、またお逢いしましょう。

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