「40歳定年」という発想は、今後の日本人において非常に重要な哲学となる

みなさん、こんにちは。人生100年時代の哲学を考察する Life100年研究所の 加藤 虎之介 です。

今日は、最近記事で読んだ、

「日本人に40歳定年の選択肢を」

テーマに考察してみたいと思います。

これを提唱しているのは、東京大学大学院の柳川範之教授なんです。

実は、私も柳川氏の書籍を読んだわけではないのです。しかし、「40歳定年」という案は賛成です。

というのも、私は45歳まで期間雇用社員という、いわゆるパートで働いていたのです。それ以外に副業として、ネットで転売屋さんもして、パートの給料以外にお小遣いも副業でそこそこ稼いでいたので経済的にあまり危機感というのがありませんでした。

そのため、人生におけるキャリアという発想が一般の同年齢の男性に比べ劣っていたと今では認識しております。だからこそ、定収入でありながらも妙な野望だけは若者にも劣らない自信がありました。

しかし、人間の体力の衰えは野望があっても覆せないものです。自分の気力、体力の衰えに気付かされるようになったのが43歳を過ぎたあたりからでした。

思い起こせば、何故こんなことを(パートの身分でありながら、定年まで20年もないと考えた転機)を考えたかというと、43歳頃から急にパートでの仕事が忙しくなってきたのです。まるで、ブラック企業でぼろ雑巾のようにこき使われる感じです。

それまでは、40歳を過ぎてもパートとして働いている企業で正社員として雇ってもらえるのではないかという淡い期待(または自信?)を私が持ってしまっていたからです。

今考えると、パートのおっさん(40代以上)を正社員として再雇用することはあり得ないというのが傍から見てわかりそうなこのなのですが、そこで働いている時には本人的には真面目に作業をこなしていると必ず正社員として雇ってもらえると楽観的に考えていたんですね。

雇用側の企業としては、そんなオッサンの給料を下げたい、または辞めさせたかったという企業側の本音だったんですが、当時の私はその思惑に気付けませんでした。

(今は、別の業界で正社員として働いていますがこれもいつまでそのような状態で居れるかは不安定だというのは重々承知して働いております。)

今になって思えばもっと早い段階でそのパートの仕事を辞めるべきだったんでしょう。でも、その環境の中で働いている時は、外野の人間には分かることでも、なかなか気づけないことというのが多いという事を後になって知りました。

30代のころは、定年なんてまだまだ先だと思っていました。パートの仕事をし始めたのは35歳でした。正社員で働くよりも、副業を大きく?してそこで2足の草鞋を履きながらがっつり稼ごうという野望があり過ぎたんです。

40代前半でも、30代とそれほどの違いは感じませんでした。しかし、私の場合45歳を境に急に意識が変わりました。

「いつまでも、この会社にいても将来はより悪くなるだけ。それなら、いっそ違う環境で生きて生きたい。」と考え、転職することにしました。

今の仕事が稼げて、ポストもありません。しかし、自分が有意義に使える時間は増えました。収入は減りましたが、少し時間に余裕を持てたことは、中年の私にとっては非常にありがたい恩恵でした。

そのおかげで、こうして記事を配信することが可能になったからです。

だからこそ、若い人に上記のことを提案します。

40歳定年制を自己目標に頑張ってみる。そのあと、再び自分の会社人生を考え直してみる。

このまま続けるのか?

新しい事を学び直すのか?

自分で事業を起こすのか?

それぞれ、家族も増えている人がいるかもしれません。嫁さんに苦労をかけれないと、ついついしり込みしてしまう気持ちも良くわかります。

しかし、平成が終わろうとしているのに、いつまでも昭和時代の思考で過ごせるほど環境は甘くないのが現実です。

新しくチャレンジするからこそ、成長できると信じてまずは、動いてみませんか?

では、またお逢いしましょう。

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